細川通董墓所浅口市ほそかわみちただぼしょ

 この墓の主である細川通董ほそかわみちただは、戦国時代から安土桃山時代にかけて備中国浅口郡を統治していた武将です。細川通董は、天正15(1587)年に豊臣秀吉の九州平定に毛利氏の旗下として従軍の際に、長門赤間関(現下関市)の船中で生涯を閉じました。
 細川通董の菩提寺である長川寺ちょうせんじ境内に墓所は位置していますが、晩年に在城したとされる鴨山城跡がすぐ西側にあるなど、死者に対する崇敬の念が窺われます。本所は、4代後裔に当たる長府藩毛利家家老を務めた細川元純ほそかわもとずみが正徳5(1715)年に建立したと伝えられています。
 本体石塔と玉垣など墓域の石質が異なることから、細川元純が大きな節目回忌での建立、またその後の末裔の玉垣付設の可能性も皆無ではないが、本体の保存状態も良好であり、市内でも有数の規模と風格を備えています。
 細川家の浅口地域における権力や岡山池田藩の支藩体制下に移ってからの墓制を合わせ知る上では、歴史上極めて貴重な史跡です。

関連情報

  • 【指定等種別】市指定文化財
  • 【場所】浅口市鴨方町鴨方
  • 【時代】江戸時代
  • 【指定年月日】
    平成28年04月20日
  • 【所有】長川寺

浅口市の史跡

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