芳井町 三原の渡り拍子

Mihara no Wataribyoshi

浅口市 おわけ祭り – 高梁川流域デジタルアーカイブ –
応仁天皇、仲哀天皇、神功皇后の三柱を祀る鴨方町小坂地区の八幡神社では、神事「おわけ祭り」が受け継がれ、浅口市の無形民俗文化財に指定されている。 9月中旬、「おわけ祭り」の儀式の一つ献上祭「垢離取り」が行われる。祭り当番の3地区から1人ずつ選ばれた神のお仕え役「当子」の小学生3人が身を清める。そして10月には神の降臨する依代となる仮宮造りやしめ縄作りを行い、その後献上祭と擂小鉢神事を行う。当子の3人は、静寂に包まれる暗闇の中、擂り小鉢に注がれた甘酒を飲み、五穀豊穣や地域の安全を祈願する。

浅口市 おわけ祭り - 高梁川流域デジタルアーカイブ -

県指定重要無形民俗文化財に指定されている神事。氏子たちが尾長鶏の羽でつくった赤熊(しゃぐま)を冠り、豊作への感謝と平安を祈って跳ね踊る伝統行事です。

【ゆかりの場所】
糸崎八幡神社
中山天神社
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渡り拍子(三原)糸崎八幡神社・中山天神社の神事
【youtube】https://www.youtube.com/embed/wSKw2TirJkM

御神幸武器行列(船川八幡宮秋季大祭)

Ourajinjakeibashinji

新見市 御神幸武器行列(船川八幡宮秋季大祭) – 高梁川流域デジタルアーカイブ –
器を携えた総勢64名からなり、青竹を手にした2人の先払いを先頭に「下に、下に。」の警声とともに神社を出発し、御旅所へ向かう。幔幕を張り、盛り塩で清めた沿道の氏子たちは、行列が近づくと腰を落として迎える。この光景から通称「土下座まつり」ともいわれる。起源については判然としないが、元禄10年(1697)、新見藩初代藩主関長治が大祭の御神幸の警備にあたらせたことが始まりとされる。「新見市指定重要無形民俗文化財」

新見市 御神幸武器行列(船川八幡宮秋季大祭) - 高梁川流域デジタルアーカイブ -

鉄砲などの武器を携えた総勢64名が町中を練り歩き、観衆は腰を落として迎える。その光景から「土下座まつり」と言われる。毎年10月15日開催。

【ゆかりの場所】
船川八幡宮
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御神幸武器行列(通称:土下座まつり)※船川八幡宮秋季大祭
【youtube】https://www.youtube.com/embed/48ePsSbb1-M

日吉神社祭礼

Hiyoshijinja Sairei

Hiyoshi Shrine Festival in Yakage Town
Hiyoshi Shrine Festival – A festival held in Oda District’s Hiyoshi Shrine, in which local men dressed in white gallantly march through the streets while heaving a portable shrine known as mikoshi. This traditional Japanese ceremony is still passed on to this day.

Hiyoshi Shrine Festival in Yakage Town

日吉神社に伝わる行事で、白装束を着た神輿を担ぎ、地元の男たちが勇壮に練り歩く。日本の祭りの伝統を今に伝えている。

【youtube】https://www.youtube.com/embed/2YEWEbmELmI

備中神楽

Bichukagura

高梁市 備中神楽 – 高梁川流域デジタルアーカイブ –
備中神楽は、備中地方で行われる神楽の意味で名付けられたもので、荒神の魂を鎮めるための荒神神楽を起源とします。  江戸時代末期、成羽の神官西林國橋が古事記、日本書紀に基づき、「天岩戸開き」「国譲り」「大蛇退治」の演劇性の濃い神代神楽を創案して人気を呼び、備中神楽の名前を高める契機となりました。神人ともに和楽する農村娯楽として、時代とともに発展して今日に至っています。

高梁市 備中神楽 - 高梁川流域デジタルアーカイブ -

備中神楽は、荒神神楽を起源とし、江戸時代末期、成羽の神官西林國橋が演劇性の濃い神代神楽を創案して人気を呼びました。

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備中神楽
【youtube】https://www.youtube.com/embed/xBK5Uv-ebFs

鋤崎八幡神社秋祭り

Sukisakihachimanjinja Akimatsuri

高梁市 鋤崎八幡神社秋祭り – 高梁川流域デジタルアーカイブ –
例年11月3日に行われる秋祭りでは、「渡り拍子」「湯立て神事」「御神幸」に続き、最後に拝殿で「宮座行事」が行われます。なかでも渡り拍子は、御神幸の供養楽として、美麗の花笠と衣装で飾った四人一組の跳び子が数組、鉦に合わせて太鼓のまわりを跳び回りながらバチで打ち踊ります。御神幸では、槍を持った猿田彦を先頭にした行列がかつての神田跡である御旅所に向かい、そこで再度渡り拍子が奉仕され、この祭礼の最大の見せ場を迎えます。  最後に拝殿に東西の座が設けられ、うたげと称される宮座行事が始まります。座員による口上によって酒宴は進行し、その後「七肩半の角力」が行われる。東西の座員七組が拝殿の前庭で相撲の所作を繰りかえし、再度に西座から一人が出て、片肌を脱いで神との相撲である「ひとり角力」の所作を行い、宮座行事は終了します。

高梁市 鋤崎八幡神社秋祭り - 高梁川流域デジタルアーカイブ -

例年11月3日に行われる秋祭りで、「渡り拍子」「湯立て神事」「御神幸」に続き、最後に拝殿で「宮座行事」が行われます。

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秋祭り【鋤崎八幡神社】
【youtube】https://www.youtube.com/embed/K8F9vyffJrM

おはげ神事

Ohageshinji

Ohake Ritual in Yakage Town
Ohake Ritual – One of the autumn festival’s Shinto rituals passed down in Yakage and Ibara. Community groups take turns organizing this local ceremony, in which a special bamboo rod called ohake is placed outside the daitouban’s residence (the main family in charge) and adorned with paper streams called go-hei. The ohake ritual is a long revered tradition of the autumn festival.

Ohake Ritual in  Yakage Town

秋祭りに当番組が執り行う民族行事で、大当番の家の庭などに「御刷毛」と呼ぶ独特の長い竹に大きな御幣を付ける神事。

【youtube】https://www.youtube.com/embed/kXGlZMoXzZQ

矢掛の宿場まつり大名行列

Yakage no Syukubamatsuri(Daimyogyoretsu)

Yakage’s Post Town Festival: The Daimyo’s Procession
Yakage’s Post Town Festival: The Daimyo’s Procession – An event based on the Edo era daimyo’s routine journey to the capital for his compulsory attendance service. The feudal lord, accompanied by his wife, daughter, and local residents dressed as his commissioners, march down Post Town Yakage’s historic shopping street under chants of “shita ni shita ni.” This is Yakage Town’s main annual event.

Yakage’s Post Town Festival: The Daimyo’s Procession

江戸時代の参勤交代の様子を模し、絢爛豪華な時代絵巻が繰り広げられる。毎年11月第2日曜日に矢掛商店街で開催。

【ゆかりの場所】
旧矢掛本陣石井家住宅
旧矢掛脇本陣髙草家住宅
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矢掛の宿場まつり(大名行列)
【youtube】https://www.youtube.com/embed/NeHPzXLZFas

大浦神社競馬神事

Ourajinjakeibashinji

浅口市 大浦神社競馬神事 – 高梁川流域デジタルアーカイブ –
大浦神社秋祭りに奉納される競馬神事は、1559(永禄2)年に三郎島にあった八幡宮を、大浦の地へ移した時、駿馬40頭を神馬として祭列に参加させたことに始まる。戦国時代という厳しい時代状況の中に端を発し、現在まで守り伝えられている県内でも特筆すべき無形民俗文化財であり、とりわけ祭礼に奉仕した地頭株、領家株の歴史を知る貴重な伝統的祭礼行事である。

浅口市 大浦神社競馬神事 - 高梁川流域デジタルアーカイブ -

県指定重要無形民俗文化財に指定されている神事。氏子たちが尾長鶏の羽でつくった赤熊(しゃぐま)を冠り、豊作への感謝と平安を祈って跳ね踊る伝統行事です。

【ゆかりの場所】
大浦神社
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大浦神社競馬神事
【youtube】https://www.youtube.com/embed/8MsVZJmbp7U

嫁いらず観音院大祭

Yomeirazukannonintaisai

井原市 嫁いらず観音院大祭 – 高梁川流域デジタルアーカイブ –
天平9年(737年)に名僧行基菩薩によって開基されたと伝えられている寺院。お参りすれば嫁の手を煩わさずに健康で生涯を全うできるとされ、特にお彼岸の中日に行われる大祭には市内外から多くの方が訪れる。また、平成11年1月に開山1260周年と鉄道井原線の開業を記念して、国内最大級の石仏「聖観音院菩薩像」が建立されました。

井原市 嫁いらず観音院大祭 - 高梁川流域デジタルアーカイブ -

嫁の手を煩わせることなくいつまでも健康で幸福な生涯を全うできるというご利益があり、お彼岸の中日の大祭には市内外の多くの方が参拝されます。

【youtube】https://www.youtube.com/embed/wNTGQPRCX4g

おわけ祭り

Owakematsuri

浅口市 おわけ祭り – 高梁川流域デジタルアーカイブ –
応仁天皇、仲哀天皇、神功皇后の三柱を祀る鴨方町小坂地区の八幡神社では、神事「おわけ祭り」が受け継がれ、浅口市の無形民俗文化財に指定されている。 9月中旬、「おわけ祭り」の儀式の一つ献上祭「垢離取り」が行われる。祭り当番の3地区から1人ずつ選ばれた神のお仕え役「当子」の小学生3人が身を清める。そして10月には神の降臨する依代となる仮宮造りやしめ縄作りを行い、その後献上祭と擂小鉢神事を行う。当子の3人は、静寂に包まれる暗闇の中、擂り小鉢に注がれた甘酒を飲み、五穀豊穣や地域の安全を祈願する。

浅口市 おわけ祭り - 高梁川流域デジタルアーカイブ -

五穀豊穣や地域の安全を祈願する神事「おわけ祭り」が、鴨方町小坂地区で古来より受け継がれている。

【ゆかりの場所】
小坂八幡神社
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小坂八幡神社のおわけ祭り
【youtube】https://www.youtube.com/embed/zW72Dmfku9E

赤米の保存継承

Akamai no hozonkeisyo

総社市 赤米の保存継承 -高梁川流域デジタルアーカイブ-
総社市新本の本庄地区と新庄地区では、それぞれの地区にある国司神社の御神饌(神へのお供えもの)として、古くから赤米を栽培し、今なお保存継承をしています。   収穫を祝う霜月祭は旧暦の11月15日に両国司神社で行われ,赤米やお酒などのお供えを神前に供えます。また、霜月祭のなかで,本庄国司神社では神事の最後に「湯立ての神事」という吉凶占いの神事が行われます。一方,新庄国司神社では,氏子の2人がフクラシの木にくくられた餅(もち)を担ぎ、神社と神田跡の間を往復する「駆けりもち」というめずらしい伝統行事が継承されています。これはかつて,翌年の祭り当番を決めるために行われたもので,早く走ったものが八幡宮の当番,そうでないものは国司神社の当番とされていました。  本庄国司神社では,旧暦の1月6日に豊作を祈願する年始祭でも赤米が御神饌としてお供えされています。  かつて赤米は日本各地で栽培されていました。しかし,今日,商業ベースで栽培されている事例は日本各地にあるものの,総社市新本と鹿児島県南種子町,長崎県対馬市の3か所は、古くより伝統の神事の御神饌用として栽培・継承し,今日に至っています。そして,民俗的行事としてはもちろん,日本古代赤米種の保存継承が続けられているという意味においてもたいへん貴重な神事です。

総社市 赤米の保存継承 -高梁川流域デジタルアーカイブ-

総社市新本では、新庄・本庄両国司神社の赤米の神饌という伝統行事があり、お供えする赤米を古くから栽培し保存伝承しています。

【youtube】https://www.youtube.com/embed/zT0ClNQYoXU

五流尊龍院 護摩供養

Goryusonryuin Gomakuyo

倉敷市 五流尊龍院 護摩供養 – 高梁川流域デジタルアーカイブ –
「五流尊瀧院の採燈大護摩」は、毎年、旧正月23日夜から24日早朝にかけて行われるお日待祭と新暦10月4日から5日にかけての大権現大祭で行われます。「採燈大護摩」とは、護摩台(直径約10㎝の長さ1.5m~2mの松の丸太を16本を井桁に組み、その中に割木を詰め、檜葉を被せた約2.5m四方、高さ約3mの生木の山)を作り、護摩木を焼き、火を焚いて仏を招いて、その仏に願事の達成を祈願するものです。 全国から集まった大勢の山伏たちによって行われる「採燈大護摩」は、結界儀式に特色があります。まず、法螺の合図で山伏たちが入場した後、東西南北中央及び鬼門の悪魔を弓矢で射落す法弓の儀式があり、次いで法剣、そして、斧によって護摩壇のまわりの悪魔が切られ清められると伝えられています。「採燈大護摩」は、一般信者にとっては、山での厳しい修行を積んだ山伏に火を焚いて、仏を招いてもらい、自分たちの願事の達成を一緒に祈ってもらうという信仰に支えられています。 燃えさかる護摩の火をあぶれば、ご利益があると信じられており、「採燈大護摩」の火を幾重にも取り囲んだ信者たちは、火を手にかざし、その手を体の各所に当てます。また、守り札を火であぶり、それらを信者に配ります。

倉敷市 五流尊龍院 護摩供養 - 高梁川流域デジタルアーカイブ -

「採燈大護摩」は、護摩台を作り、火を焚いて仏を招き、願事の達成を祈願するものです。

【ゆかりの場所】
五流尊瀧院の採燈護摩【五流尊瀧院】
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五流尊瀧院の採燈護摩
【youtube】https://www.youtube.com/embed/iDfp8Rb66lA

寂光院庭園

Jakkointeen

寂光院に至る大谷別所の地は古来深山幽谷の趣があり、備前の閑谷に似ているところから「小閑谷」と称し、人々に親しまれいます。庭園は江戸時代に築庭され、中世の雰囲気を残した幽遽閑静を保った回遊式庭園で春秋訪れる人が絶えない。紅葉時期には、辺り一面が絶景となります。

【所在地】岡山県浅口市金光町大谷1055
【ホームページ】http://www.city.asakuchi.lg.jp/kurashi/bunkasports/bunkazai/siteimeisyo.html

三ツ山

Mitsuyama

三ツ山は、三郎島西南沖に浮かぶほぼ同じ大きさの三つの小島で高さは各約10メートルを測ります。かつては島山に各一本の枝振りのよい青松が生え、干潮時には一塊となって続き、満潮時には離れて三島となります。元々一続きに連なる島であったが海蝕により分岐したものであります。波静かな瀬戸内海に浮かぶ景観は、さながら一幅の絵のような佇まいを見せる。毎年元日の日の出には、多くの写真家や観光客を集める市内きっての名勝である。

【所在地】岡山県浅口市寄島町三郎地内
【ホームページ】http://www.city.asakuchi.lg.jp/kurashi/bunkasports/bunkazai/siteimeisyo.html

つばきの丘運動公園つばき広場

Hayashimakoen

岡山県道393号鷲羽山公園線(鷲羽山スカイライン)から水島コンビナートを臨む風景です。現在、岡山県道393号は無料で通行することができます。高所から日本でも有数の工業地帯である水島コンビナートを俯瞰することができ、夜景もとても綺麗です。

【所在地】岡山県浅口郡里庄町里見
【電話番号】0865-64-7266
開館時間8:30~21:30
休館日年末年始
料 金なし

地蔵岩ヤッホー公園

Hayashimakoen

岡山県道393号鷲羽山公園線(鷲羽山スカイライン)から水島コンビナートを臨む風景です。現在、岡山県道393号は無料で通行することができます。高所から日本でも有数の工業地帯である水島コンビナートを俯瞰することができ、夜景もとても綺麗です。

【所在地】岡山県都窪郡早島町早島1329-1
【電話番号】086-482-0614

早島公園

Hayashimakoen

岡山県道393号鷲羽山公園線(鷲羽山スカイライン)から水島コンビナートを臨む風景です。現在、岡山県道393号は無料で通行することができます。高所から日本でも有数の工業地帯である水島コンビナートを俯瞰することができ、夜景もとても綺麗です。

【所在地】岡山県都窪郡早島町早島1329-1
【電話番号】086-482-0614

水島展望台

Mizushimatenbodai

岡山県道393号鷲羽山公園線(鷲羽山スカイライン)から水島コンビナートを臨む風景です。現在、岡山県道393号は無料で通行することができます。高所から日本でも有数の工業地帯である水島コンビナートを俯瞰することができ、夜景もとても綺麗です。

【所在地】岡山県倉敷市呼松町地内
【駐車場】4台

鷲羽山山頂

Wasyuzansancho

鷲羽山山頂から瀬戸大橋を臨む風景です。鷲羽山レストハウスから山頂へ向けた鷲羽山自然研究路は瀬戸大橋と瀬戸内海を一望しながら登ることができます。山頂は周囲を遮るものが無く、360度見わたすことができます。高所から瀬戸大橋や瀬戸内海の島々、行き交う船の様子までしっかりと見ることができる絶景ポイントです。

【所在地】岡山県倉敷市大畠地内

太鼓田植

Taikotaue

新見市 太鼓田植 -高梁川流域デジタルアーカイブ-
太鼓田植は、古くは田楽として平安時代から伝わるものとされる。田の神への豊作祈願の意を込め、地域の共同労働の習俗と結びあって発達した。早朝、牛を使って田を均等にならし、さらに柄ぶりを使って平らにする。その後、太鼓を打って音頭をとる「サゲ」が太鼓を打ちながら唄うと、早乙女がこれに和し、苗を植える。唄は、「朝のうた」からはじまり、続いて「田の神」「大山のぼり」となり、昼が近づくと「昼前のうた」となる。午後は、「酒つくり」「京のぼり」「田主のやかた」などが唄われ、「夕方のうた」を唄い終わると一日の作業も終了する。「県指定重要無形民俗文化財」

新見市 太鼓田植 -高梁川流域デジタルアーカイブ-

「さげ」が打つ太鼓に合わせて、田植歌を歌い、「植え子」という花笠姿の早乙女が苗を植えていく。田の神を称え、五穀豊穣を願う。

【ゆかりの場所】
太鼓田植
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太鼓田植
【youtube】https://www.youtube.com/embed/R-xP4rH-faQ

備中たかはし松山踊り

BichutakahashiMatsuyamaodori

高梁市 備中たかはし松山踊り -高梁川流域デジタルアーカイブ-
県下三大踊りの一つで、期間中まちは踊り一色となります。  歴史は古く、江戸時代慶安元年(1648)、備中松山藩主水谷勝隆の時代に、五穀の豊穣と町家の繁栄を祈って踊ったのが始まりと言われています。  町衆から始まった「地踊り」と、武家に伝わった「仕組踊り」があり、現在では「地踊り」が中心に踊られています。

高梁市 備中たかはし松山踊り -高梁川流域デジタルアーカイブ-

 岡山県三大踊りの一つ。慶安元年(1648)、備中松山藩主水谷勝隆の時代に、五穀の豊穣と町家の繁栄を祈って踊ったのが始まりと言われてる。

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備中たかはし松山踊り
【youtube】https://www.youtube.com/embed/CS8l1cKsdMM

大島傘踊り

Oshima Kasaodori

The Oshima Umbrellas Dance
The Oshima Umbrellas Dance which is performed during Obon season (mid-August) is designated as an Important Intangible Folk Cultural Asset by Okayama Prefecture. The characteristic of Oshima Umbrella Dance is that the dancers form many pairs and they use umbrellas as swords during they dance. It is said that the dance started at the 99th anniversary of the lord's death in 1686 during Edo period. At that time, people planed to use swords for the dance, but they used their umbrellas instead of swords because of the sudden rain.

The Oshima Umbrellas Dance

大島の傘踊り(県指定)は二人一組になり、傘を刀に見立てて切り合うように踊る点が特徴です。

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大島傘踊り
【youtube】https://www.youtube.com/embed/tN_7IeVYxxw

白石踊

Shiraishiodori

The Shiraishi Dance
The Shiraishi Dance, which is performed during Obon season (mid-August) has been carried on for a very long time. It is designated as an Important Intangible Folk Cultural Asset by the Japanese government and it is also known as one of the three biggest dances of Okayama. The characteristic of Shiraishi Dance is the variation of dances which is performed at the same time with the one dance music. It is said to have started to mourn for the souls of those who died in the Genji-Heike Mizushima War (1183).

The Shiraishi Dance

白石島に伝わる白石踊(国指定)は、一つの口説き(音頭)に合わせて何種類もの踊りを踊る点が特徴です。

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白石踊
【youtube】https://www.youtube.com/embed/9KWGE23QX5c

大原踊り

Oharaodori

里庄町 大原踊り -高梁川流域デジタルアーカイブ-
大原踊りの起源は約450年前に合戦で亡くなった者の魂を鎮めるために踊られたのが起源とされる。  昭和25年に大原踊り保存会が組織され、平成23年には町の無形民俗文化財に指定された。  現在は戦没者供養や夏祭りのほか、町の様々な行事において保存会により踊られ、里庄町の大切な文化の一つとして後世に伝えられている。

里庄町 大原踊り -高梁川流域デジタルアーカイブ-

約450年前、戦没者の霊を鎮めるために始められた大原踊り。大原踊り保存会を中心に、後世へ受け継がれています。

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大原踊り
【youtube】https://www.youtube.com/embed/UkkjekcBrd4

鶴崎神社秋季大祭・神幸祭

Tsurusakijinja Syukitaisai・Shinkosai

早島町 鶴崎神社秋季大祭・神幸祭 -高梁川流域デジタルアーカイブ-
毎年10月の第3日曜日に、西田、高須賀、早高、弁才天、片田、塩津、前潟、舟本を2基の神輿を中心に150名の供人や鬼などが巡行する。また、神幸祭に併せ各地で子供神輿も巡行する。

早島町 鶴崎神社秋季大祭・神幸祭 -高梁川流域デジタルアーカイブ-

毎年10月の第3日曜日に神輿を中心に供人や鬼が巡行する早島町伝統の秋祭り。各地で子供神輿も花を添える。

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神幸祭
【youtube】https://www.youtube.com/embed/y4_Uzy1OnKc

鴻八幡宮祭りばやし

KohachimanguMatsuribayashi

倉敷市 鴻八幡宮祭りばやし -高梁川流域デジタルアーカイブ-
鴻八幡宮に伝えられる祭りばやしで,秋の祭礼日に各町内から出される「だんじり」で演奏されます。地元では「しゃぎり」と呼ばれています。  保存対象になっている祭り囃子は「だんぎれ囃子」「信楽囃子」「祇園囃子」「おやじ」「神楽囃子」「下りは囃子」「おひゃりこ囃子」の7曲で,これらの曲は,「だんじり」の進行,停止等の動きにあわせて演じられています。また,楽器は篠笛・胴長太鼓・〆太鼓・鐘・鼓が用いられていて,なかでも篠笛は音色を統一するために,古笛にあわせて一本ごとに手造りされています。

倉敷市 鴻八幡宮祭りばやし -高梁川流域デジタルアーカイブ-

鴻八幡宮に伝えられる祭りばやしで、秋の祭礼日に各町内の「だんじり」で演奏されます。「しゃぎり」と呼ばれます。

【ゆかりの場所】
秋祭りと祭りばやし(しゃぎり)【鴻八幡宮】
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乙島祭り
【youtube】https://www.youtube.com/embed/qJTG-3thBqY

乙島祭り

Otoshimamatsuri

倉敷市 乙島祭り -高梁川流域デジタルアーカイブ-
乙島祭りは,玉島乙島の鎮守,戸島神社境内で例年10月最終の日曜日に行われる秋祭りです。奴踊り,鬼舞,獅子舞がくりひろげられるとともに,大場物と呼ばれるお舟や千歳楽やだんじりが早朝,神社境内に集まり,その後は,各町内を練り廻ります。

倉敷市 乙島祭り -高梁川流域デジタルアーカイブ-

乙島祭りは、玉島乙島の戸島神社で10月最終日曜日に行われます。大場物が早朝集まり、その後町内を練り廻ります。

【ゆかりの場所】
乙島祭り【戸島神社】
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【youtube】https://www.youtube.com/embed/VgKInrpbo70

神島天神祭【神島天神社】

Konoshimatenjinmatsuri Konoshimajinja

「島の天神」と呼ばれ、古来、景勝地として知られていました。境内に万葉歌碑、頼山陽詩碑が立っています。神島天神祭では、七つの地区の千歳楽がこの神社に集まり、クライマックスの総担ぎを行います。

【所在地】笠岡市神島5335
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神島天神祭

真鍋島の走り神輿【真鍋島八幡神社】

Manabeshima no hashirimikoshi Manabeshimahachimanjinja

元禄年間の創建と伝えられます。「走り神輿」では、3基の神輿の出発地点になります。神輿は、一日目は境内で走る練習「かけならし」を行います。二日目には石段を降りて海岸で漁船に乗り、本浦集落へと到着した後、島内の道を駆け抜けます。三日目には陸路で神社へと帰ってきます。

【所在地】笠岡市真鍋島4912
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大倉の渡り拍子【妙劔神社】

Okura no wataribyoshi Myokenjinja

布東妙見宮として「宮ノナル」に祀られた。その後、宮は大倉字萱野の共有山林に移されたと伝えられる。宝暦2年、現在の場所に新築し、祝神様として祀られた。その時に大倉明剣神社と改名されたと伝わる。大正12年、本社を銅板の屋根造りにした。昭和36年、幣殿、前殿、神輿庫、社務所を改築。昭和50年、鳥居の移転をして参道が作られた。

【所在地】岡山県井原市美星町大倉1015
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渡り拍子(三原)糸崎八幡神社・中山天神社の神事【中山天神社】

Wataribyoshi(Mihara)Itosakihachimanjinja・Nakayamatenjinja no shinji

応永2年藤原秀郷の後裔田中市之進が中山に小彦名命を勧請し、天神と奉称した。寛正年間備後の国桜山城主が東川手村に落ちて来て三原三郎四郎家房と称し、村を東三原と改め、神社名を中山天神社として氏神とした。

【所在地】岡山県井原市芳井町東三原3295
【関連映像】
三原の渡り拍子
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渡り拍子(三原)糸崎八幡神社・中山天神社の神事【糸崎八幡神社】

Wataribyoshi(Mihara)Itosakihachimanjinja・Nakayamatenjinja no shinji

寛正2年備後国納所村桜山城主三原豊後守が落ちてきて、三原三郎四郎と称し西川手村糸崎に本神社を勧請し、西三原村と改めこの神社を氏神とした。明治39年10月18日本殿ならびに社殿を改築した。大正9年摂社の荒神様、水分神社、太歳神社を合祀。旧村社。

【所在地】岡山県井原市芳井町西三原字糸崎1419
【関連映像】
三原の渡り拍子
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郷社まつり【足次山神社】

Gosyamatsuri Asuhayamajinja

平安時代の「延喜式(えんぎしき)」の神名帳(じんみょうちょう)に記載された神社は、「式内社(しきないしゃ)」と称され、歴史の古い、格式の高い神社と見なされており、足次山神社も式内社に当たるとされている。江戸時代には、足次大明神(あすはだいみょうじん)として尊信されたが、明治元年に足次山神社と改称、明治5年には郷社に列せられた。

【所在地】岡山県井原市井原町25
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由加山火渡り大祭【由加神社本宮】

Yugajinjahongu YugasanHiwataritaisai

全国に五十二の分社を持つ由加神社の本宮。日本三大権限の一つ、また厄除けの総本山としても知られる。江戸時代からは岡山藩主池田候の祈願所として栄え、時期を同じくして『ゆがさん・こんぴらさん両参り』と云われ、両宮をお参りすればご利益が沢山頂けるとう『両参り』の風習が広がり、今も全国津々浦々から信仰されています。
また、境内には多くの文化財が点在しており、なかでも日本一の備前焼大鳥居や子授けの楠、消痛の小槌(宝物)は珍しく、本殿は県指定重要文化財です。由加の大神様・権現様は「有求必應」求めが有れば必ず応じて下さる神様として、年間を通じて多くの方がご参拝にご来宮されています。

【所在地】岡山県倉敷市児島由加2852
【電話番号】086-477-3001
【ホームページ】http://www.yugasan.or.jp/
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由加山火渡り大祭

由加山厄除不動大祭の火渡り【由加山蓮台寺】

Yugasanrendaiji Yugasan yakuyokefudotaisai no Hiwatari

由加山蓮台寺は約1300年前、行基菩薩により「瑜伽大権現」を「瑜伽山」に迎え、「本尊十一面観世音菩薩」を彫りだし、祀り創建されたと伝えられています。

【所在地】岡山県倉敷市児島由加2855
【電話番号】086-477-6222
【ホームページ】http://yugasan.jp/
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茶屋町の鬼と秋祭り【稲荷神社】

Inarijinja Chayamachi to Akimatsuri

稲荷神社は、享保18年(1733年)に伏見稲荷神社(京都)の御分霊を勧請して創建されたと伝えられています。

【所在地】倉敷市茶屋町1547
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茶屋町の鬼と秋祭り【住吉神社】

Sumiyoshijinja Chayamachi to Akimatsuri

住吉神社は、宝永6年(1709年)に領主戸川公により摂津国堺に御鎮座の住吉四柱神を勧請して創建されたと伝えられています。

【所在地】倉敷市茶屋町早沖690
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茶屋町の鬼と秋祭り【茶屋町駅前鬼広場】

Chayamachiekimaeonihiroba Chayamachi to Akimatsuri

【所在地】岡山県倉敷市茶屋町448
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べちゃ祭り【疫神社(塩生神社)】

Ekijinja(Shionasujinja) Bechamatsuri

【所在地】岡山県倉敷市塩生1254
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乙島祭り【戸島神社】

Toshimajinja Otoshimamatsuri

戸島神社は、「養父母大明神」という祠が始まりとされています。その後、約650年前にその祠が現在の場所に移され、社殿が建設されました。明治4年(1871)に乙島八幡山の八幡宮を合祀し、「戸島神社」に改称されました。

【所在地】倉敷市玉島乙島1251
【電話番号】086-522-3377
【関連映像】
乙島祭り(映像資料)
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茅の輪くぐり・砂持ち祭り・阿智神社秋祭りの素隠居と屏風祭り【阿智神社】

Achijinja Chinowakuguri・Sunamochimatsuri・Achijinja Akimatsuri no Suinkyo to Byobumatsuri

阿智神社は、約1700年前に阿知使主(あちのおみ)一族が、日本最古の蓬莱様式の古代庭園がを造り、そこをもととして海の守護神である宗像三女神を祀ったことが始まりと伝えられています。

【所在地】岡山県倉敷市本町12-1
【電話番号】086-425-4898
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Hagurojinja Tamashimatenjinmatsuri